どのようなことでも、何かをお断りする際には、「忙しい」というのは理由にはならない。
自分だけが忙しいわけでは決してない。
「私は”ばたばたしていまして、××ません。申し訳ありません」とか「能力がないものですから受けにくいのですが」 と答えるようにしている。
「忙しい」という言葉は自分を正当化しようとする詭弁でしかない。
「忙しい」を連発する人で能力のある人を見たことがない。それなりの別の理由があるのであればわかるが。
「忙」という字は忄(こころ)を亡くすと書く。
相手からその言葉を聞くと、 ”人として可哀想” と思うようになった。
「なんとか助けてあげて心をとり戻してほしい」とも思うようになった。
心を亡くした人を一人でも多く助けてあげるのが人としての役目なのかもしれない。


