一柳良雄氏が起業されて今月(7月)7日で7周年とのことです。通商産業省(現経済産業省)を退職されたあと、天下りという楽な道を敢えて選ばず、(準備期間を経た後)株式会社一柳アソシエイツを立ち上げたわけです。
株式会社一柳アソシエイツが発行する情報紙『一柳アソシエイツ ニュース Vol.20』に一柳塾頭の”想い”が掲載されておりますので紹介させていただきます。とやま起業未来塾の関係者や興味をお持ちの読者に読んでいただくことにより、塾頭の想いの一端でも感じ取っていただければと思っております。”起業”、”塾生支援”、”修了生支援”関係者・同志の皆さまに読んでいただくことは決して無駄にはならない。役に立つはず、との思いを持ち掲載しました。
スキャナーという安易な手法は使わず敢えて”写経”させていただきました。
○七五三の七。子供の成長の儀式での節目。個人商店・一柳アソシエイツも七歳になった。以前、塩川正十郎元財務大臣から「一柳訓は自らの活力で完了の新しいビジネスモデルを創造してきたネ」と言われたが、最近 昔働いていた霞ヶ関や永田町の人々からも同様のことをよく言われるようになった。
○倒産の危機感を抱きながら、「石の上にも三年」といわれるように三年をすぎると、素人なりにも民間ビジネスの”勘”がでてきた。会社を設立した年は、仕事も少なく、たのまれたら二つ返事で仕事をさせてもらった。一生懸命やって問題を解決した。社長さんが、お礼にみえたとき、うれしかった。「一柳さん、お陰で助かりました。上手くいったので、これから楽しみです。お礼を!」といって、風呂敷包みをわたされた。てっきり、売上にやっと計上できると思って開けたら、立派な高級菓子だった。頭で会社を経営するには売上げが必要とわかっていても、長い間 役人をやっていたので、「社長さん、お金を頂戴!」とは言えなかった。体がそう言わせなかった。
○もがきつづけて一年。やっと言えるようになった言葉がある。仕事を依頼されたとき、「これは、ボランティアですか?ビジネスですか?」と!これを言えるようになるのに一年かかった。「ボランティアで」と言われたら「わかりました。時間があるときやりましょう。唯、他のビジネスの仕事が優先しますのでいつかはわかりません。あしからず。」と言えるようになった。「ビジネスでやって下さい」と言われたら、「わかりました。では、うちの岩崎(常務)さんと具体的な話をして下さい。」と言って、契約などの話は岩崎さんにやってもらえるようになった。
○そうして、三年たつと、ビジネスとは何か?経営とは何か?が見えてきて、頭と体が一体化してきた。そして五年になると、ビジネス仲間も出来、安定感と余裕も出来てきた。一緒に仕事をするお客さんも選別できるようになってきた。金儲け主義の経営者の仕事や自分の価値を出せない仕事は受けないことにしている。何故なら自分の会社の基本方針は”三方良し”だからだ。「売り手良し、買い手良し、世間良し」の考えを持つ社長さんらと一緒に、より良い社会づくりを夢みて一緒に汗を流すことにしている。仲間の人は皆、相手の気持ちを理解し、肩書きより中味で人を見、感謝の気持ちを持たれた人達だ。現実に利害があるとは言え、それを超えてさわやかな、誠実な、明るいお付き合いをさせて頂いている。
○倒産もせず、よく七年ももったものだと感無量に思う。良き仲間、良き友人に支えられてきた。これはずっと自分の宝として大事にしていきたい。そして、仲間が助け合い、一人一人が明るく生き生きとし、友情とうるおいのあるコミュニティーの形成を目指して毎日仕事をしていきたいと思っている。
○「功は人に譲れ 恩は心に刻め 憎しみは水に流せ」 自分は、そんな人間をめざして、これからも努力して頑張っていきたい。
以上


